スペシャルインタビュー

現代まで続く、徳川家康が築いた浜松の礎を紐解く「浜松市役所 文化財課」インタビュー

1570年、徳川家康が浜松城を築城したとされ、以降に続く江戸幕府の礎となった。また、歴史に名を残す多くの人材が浜松城の城主を経験してきたという。城下町となった浜松は、東海道の宿場町としても栄えてきた。今回は、浜松の歴史から現代の暮らしまで、浜松市役所の文化財課の方々からお話を伺いました。

――まずは浜松エリアの歴史的特色について教えてください

およそ500年程前、戦国時代に徳川家康が築いた「浜松城」とその城下町によって、現在の都市の基礎が形づくられています。今でも市街地には、家康の城下町形成に伴って移転した神社等が多く残っています。

家康が江戸城に移った1590年からは豊臣秀吉の重臣である堀尾吉晴が城主を務めて、高い石垣や天守をもつ姿に変わりました。江戸時代の「浜松城」は、徳川譜代の大名がおさめており、浜松藩政の中心として用いられてきました。城下町も東海道の宿場町として多くの人が行き交い大いに栄えていったという歴史があります。

――元目町周辺の歴史について教えてください

元目町(げんもくちょう)は、「浜松城」の北東側に位置するエリアですね。もとは、玄黙寺(げんもくじ)と呼ばれる寺があったことに由来しています。「浜松城」には“玄黙口”という城門がありました。三方ヶ原の戦いに敗れた徳川家康は、この城門を通って「浜松城」に逃げ帰ったと伝わります。

元目町には、浜松城下町から秋葉山(火伏の守護神、江戸時代に崇敬を集めた)へ参拝するための秋葉街道が通っており、現在も古い町の区画を見ることができますよ。

――元目町に位置する、「元城町東照宮」はどういった歴史があるのでしょう

元城町東照宮」は、戦国時代の引間城がありました。今でも当時の城内の区画である方形の区画と堀が残っています。引間城は、今川義元の時代には、飯尾氏が城主をつとめていました。徳川家康が初めて浜松に入ったときも、引間城を拠点としていました。

引間城の敷地は、江戸時代には浜松城の一部として使われましたが、廃城後は私有地となり、明治10年代に旧幕臣の井上延陵(いのうええんりょう)によって、徳川家康を祀る東照宮が設けられました。

「元城町東照宮」
「元城町東照宮」

――浜松エリアの歴史・文化を感じられるおすすめスポットを教えてください

2021年(令和3)年1月1日に内容を一新した浜松城天守閣。昭和33年に再建された復興天守の中には、最新の映像技術や、研究成果を反映した展示が施されています。壮年期の徳川家康に触れることができるシアター、浜松城と城下町の推移を精巧な模型の上にプロジェクションマッピングで示した解説など、最新技術で歴史を体験でき、見所に溢れていると思います。

この他、三方ヶ原の戦いの戦場と伝わる犀ヶ崖古戦場には、戦いの詳細や、当地で行われる念仏踊り(遠州大念仏)に関する解説がある犀ヶ崖資料館が設置されています。

遠江国拾ニ郡村絵図(浜松市南部・浜名湖周辺) 浜松市立図書館ホームページより抜粋
遠江国拾ニ郡村絵図(浜松市南部・浜名湖周辺) 浜松市立図書館ホームページより抜粋

――最後に、これから浜松エリアにお住まいになる方に向けてメッセージをお願いします。

中心市街地では、マンションの建設やコワーキングスペースの増加などが図られ、働きながら暮らす職住接近のまちづくりが進んでいます。また、“浜松まつり”や“やらまいかミュージックフェスティバル”など年間を通して様々なイベントが開催されているので、歩いて楽しい魅力的なまちづくりが進んでいます。そういった点では、一見、現代的な都市にみえる浜松なのですが、戦国時代や江戸時代のまちの様子を伝える場所は随所に残ってます。是非、身近な歴史に想いを馳せてみてください。

浜松市役所

市民部 文化財課
所在地 :浜松市中区元城町103-2
電話番号:053-457-2293
URL:https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/
※この情報は2021(令和3)年3月時点のものです。